ギリシャ神話では、火と言うのは最初、神のみが持つ事を許されたものだった。
それを、オリュンポスの宮殿から盗み出し、人間に与えたのがプロメテウスだと言われている。
人間に火を与える気などなかったゼウスはこのことを罰するため、プロメテウスをカウカサスと言う山に磔にした。
そして一羽の獰猛な鷲を放った。
この鷲は、プロメテウスの肝臓をついばむ。プロメテウスは神であるから不死身なので、肝臓を勝手に元に戻る。
そんな感じで永遠の苦しみをゼウスはプロメテウスに与えた。
一説にはゼウスは
「お前は人間によかれと思って火を与えたのだろうが、それはきっと人間に災いを招くぞ」
と言ったとも言われている。
火を得たことで、今まで生で食べてた肉を焼いて食べるようになり、衛生的になって病気が少なくなった。
冬の寒さもしのげるようになった。
だけど、人間は火を戦争にも使うようになった・・・
このゼウスの言葉は、どんなモノも、それをよくするのも悪くするのも使う奴次第、と言うことを言っている・・・と俺には思える。
火にしてもそうだし、携帯電話にしても、インターネットにしても、車にしても、カメラにしても、スポーツにしても、使う人の心がけ次第で、素晴らしいものにも、おそろしいものにもなる・・・
技術は素晴らしい、とか、芸術は素晴らしい、とか、スポーツは素晴らしい、とかよく言うけど、それは、そのものが素晴らしいのではなく、それをした人が素晴らしいからそう思えるのだ。
インターネットはいじめとか悪口を広めるには非常に便利だし、車は殺人に使える。芸術やスポーツにしても、自分の名前を上げるために人をだましたり、傷つけたり、ドーピングとかしたり、賄賂を贈ったり、正しい方向に向いていれば素晴らしいのかも知れないけど、間違った方向に行けばどこまでも醜くなる・・・
そんなわけで、どんなものでも「それ」を素晴らしくするのも醜いものにするのも、それに携わる人間次第。
大事なのは素晴らしいモノを持つことや、皆が素晴らしいといっていることをすることではなく、自分を一生懸命磨く事・・・それをしていけば、自分がしていることが「素晴らしいこと」になる・・・のだと俺は思う。
それと、プロメテウスは、後にヘラクレスに助けられる。
それと、プロメテウスが不死なのは、半人半馬の賢者ケイロンがプロメテウスに不死を譲ったからだと言われている。
ある日、ヘラクレスの放ったヒュドラの毒を塗った矢が誤ってケイロンのひざに当たった。
死ぬほどの苦しみ、だけど、ケイロンは不死なので死なない。
この苦しみから逃れようと、ケイロンはプロメテウスに不死を譲って自分は息を引き取った。
彼を惜しんで、ゼウスが彼を星座に上げた。
ケイロンは、星座になった初めての人物、とも言われているらしい・・・
ところで、昔の人は、木の板に穴を開け、そこに木の棒を入れてくるくる回して熱を持たせ火を起こしていた。
穴に棒を入れて・・・このことから、男女のイケナイ関係の事を「火遊び」と言うようになった、と聞いたことがある。
で、火というものは火種がありつづけるといつまでも燃え続ける。
ホント、火遊びとは上手い事言ったもんだと思う。
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